ペンフォールズをはじめとする歴史あるワイナリーを訪れると、年季の入ったレンガ造りの煙突を見かけることがあります。「ワインは醸造酒なのに、なぜ煙突が?」と不思議に思った方もいるのではないでしょうか。
その答えは、現在でもワイナリーでよく見かける甘口の赤茶色いワイン——Tawny(トゥニー)にあります。
試飲の最後に勧められることが多いトゥニー。「甘そう」「重たそう」と敬遠してしまう方もいるかもしれませんが、実はこのスタイルこそがオーストラリアワインの歴史を語るうえで欠かせない存在なのです。甘口ながらも長期熟成による酸化香やスパイスのニュアンスが加わり、ただ甘いだけではない奥深さを持っています。

オーストラリアワインの基盤を築いた酒精強化スタイル
現在こそスティルワイン(非発泡・非酒精強化ワイン)が主流のオーストラリアですが、1960年代までは国内ワイン生産量の約8割を酒精強化ワインが占めていました。
酒精強化ワインとは、発酵途中に蒸留酒(主にグレープスピリッツ)を加えてアルコール度数を高めたスタイルのワインです。特に甘口タイプでは、糖分がまだ十分に残っている段階でアルコールを添加し、酵母をアルコールの力で死滅させて発酵を止めます。これによりブドウ由来の自然な甘みがそのままワインに残るのです。
こうして造られた高アルコール・甘口のワインを、オーク樽で長期間熟成させたものがトゥニー。熟成によってワインの色は赤から琥珀色へと変化し、ナッツ、キャラメル、紅茶、ドライフルーツといった奥行きのある風味が現れます。
また、かつてイギリスへ輸出されるワインは赤道を越えて数ヶ月かけて輸送されていたため、劣化しにくく保存性の高い酒精強化スタイルは極めて実用的であり、貿易においても重宝されたのです。
酒精強化ワインを造るためには蒸留酒の自家製造が必要で、蒸留釜を加熱するためのボイラーや煙突が設置されていました。現在でも古いワイナリーに残る煙突は、当時の文化と技術の象徴なのです。

ラザーグレンが育んだ酒精強化ワインの名声
オーストラリアの酒精強化ワインの伝統を語る上で外せないのが、ヴィクトリア州北東部のラザーグレン(Rutherglen)です。19世紀半ばにゴールドラッシュで栄えたこの地は、多くのヨーロッパ系移民がワイン造りを始めたことで発展しました。
この地域で有名なのは甘口のRutherglen Muscat(ラザーグレン・マスカット)やTopaque(トパーク/旧Tokay)。いずれもトゥニーとは異なるスタイルの酒精強化ワインですが、同様に長期熟成によって深い味わいを持っています。収穫後に干して糖度を高めたブドウを使い、ソレラ方式で長期熟成されることで、まるで黒蜜のような濃厚な甘さと複雑な香りを持つ“液体デザート”が生まれます。使用される品種はそれぞれ、Muscat à Petits Grains Rouge(ミュスカ・ア・プティ・グラン・ルージュ)とMuscadelle(ミュスカデル)。
特筆すべきは、1858年創業の家族経営ワイナリーChambers Rosewood Vineyards(チェンバース・ローズウッド・ヴィンヤーズ)。世界的ワイン評論家ロバート・パーカーがこのワイナリーのRare MuscatとRare Muscadelleの2本に100点満点の評価を付けたため、ラザーグレンという地域全体の名声を国際的に押し上げました。
ポートではなく「トゥニー」と呼ばれる理由
トゥニースタイルの原点は、ポルトガル・ドウロ地方で造られるTawny Port(トゥニーポート)です。Touriga Nacional(トウリガ・ナショナル)、Tinta Roriz(ティンタ・ロリス=テンプラニーリョ)などの土着品種を使用し、長期熟成によって酸化に由来する複雑な香味を生み出します。
一方、オーストラリアではShiraz(シラーズ)、Grenache(グルナッシュ)、Mourvèdre(ムールヴェードル/マタロ)などの黒ブドウを用いて、より果実味豊かなトゥニーが造られています。
なお、かつてオーストラリアではこのスタイルを「Port(ポート)」と呼んでいましたが、2009年にEUとの地理的表示(GI)保護協定により使用が禁止され、現在は「Tawny(トゥニー)」という名称に統一されています。これは「Champagne(シャンパーニュ)」や「Sherry(シェリー)」と同様に、原産地保護のルールに基づくものです。

Seppeltsfieldの100年熟成が語る、ワインと時の深み
バロッサ・ヴァレーの名門Seppeltsfield(セッペルツフィールド)は、オーストラリアのトゥニーの歴史を語る上で欠かせない存在です。創業者の息子であるBenno Seppelt(ベンノ・セッペルト)が1878年に始めた「毎年、その年のトゥニーを1樽だけ残し、100年間熟成させる」というプロジェクトは、今もなお継続されています。
2025年には、ちょうど1925年に仕込まれたトゥニーがボトリングされたばかり。筆者は幸運にも、この1925年ヴィンテージを樽から直接試飲する機会に恵まれました。
グラスに注がれた濃密な茶褐色の液体からは、ドライフルーツ、キャラメル、ナッツ、エスプレッソリキュール、スパイス、乾燥オレンジピールなど、複雑で深みのあるアロマが次々と立ち上がります。まるで100年という時の重みをそのまま閉じ込めたタイムカプセル。まさに“国の宝”と呼ぶにふさわしい、唯一無二の味わいでした。

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