今回ご紹介するのは、オーストラリアワインの象徴とも言える「ペンフォールズ・マギル・エステート」(Penfolds Magill Estate) です。アデレード CBD から車でわずか15分。街並みを見下ろす高級住宅街に広がるブドウ畑とセラードアは、まるで別世界に足を踏み入れたかのよう。都市部に位置しながら広大なブドウ畑が広がるワイナリーは、世界的にも珍しい風景と言えるでしょう。
ペンフォールズの歴史
ペンフォールズは1844年、イギリスから移住してきたクリストファー・ローソン・ペンフォールド ( Christopher Rawson Penfold) 医師とその妻メアリーによって設立されました。当初、クリストファーは患者向けに、シェリーやポートのような酒精強化ワインを薬として処方していました。これらのワインは需要が急速に増加し、ペンフォールズは次第にドライワイン (一般的な赤ワインや白ワインの生産にも力を入れるようになりました。
クリストファーが医業に追われる中、実質的にワイナリーの運営を担っていたのは妻のメアリーでした。彼女はブドウの栽培からブレンドまで広く管理し、ワイナリーの成功を支えました。クリストファーの死後も、メアリーはワイナリーの発展に尽力し、その後のペンフォールズの礎を築いたのです。
伝説のワイングランジの誕生
ペンフォールズが世界中で高く評価される理由の一つに、グランジ ( Grange) の存在があります。1950年代、若きワインメーカー、マックス・シューバート (Max Schubert) が手掛けたこのワインは、オーストラリアワインの歴史を変える革新的な存在となりました。彼はフランスのボルドーで学んだブレンドワインの技術をオーストラリアに持ち込み、オーストラリア全土から厳選したブドウをブレンドする、というワイン造りの常識を覆す手法を取り入れました。今では当たり前に思えるシラーズとカベルネのブレンドも、当時のフランスでは考えられない組み合わせでした。
さらに、シューバートはグランジを新樽のアメリカンオークで18から20ヶ月熟成させるという大胆なアプローチに挑戦。アメリカンオークの強い風味にワインが負けてしまうところですが、グランジはそのパワフルな果実味で樽と見事に調和し、なめらかで奥深い味わいを実現しました。また、グランジは長期熟成に優れており、時間が経つにつれてさらに複雑さと魅力が増していきます。数年前に1972年のグランジを試飲した友人は、50年近く経った今でも果実味がしっかりと残っていることに驚いたほどです。
グランジは、オーストラリアワインを象徴する一本であり、ペンフォールズの名声を世界に広めるきっかけとなった伝説的なワインです。
セラードアでの体験
筆者は今回「MAGILL HERITAGE EXPERIENCE」というツアーに参加してきました。このツアーでは、ペンフォールズの歴史やワイン造りの背景を詳しく学び、現在も使用されている醸造施設を見学することができます。特にグランジ誕生の逸話は、ペンフォールズファンにはたまらない内容です。ツアーの料金は$35で、およそ1時間の内容。ツアーの最後には通常$20分のテイスティングも含まれており、さらに追加で$50を支払えばグランジも試飲できます。
ペンフォールズといえば赤ワインが有名ですが、近年は白ワインにも力を入れており、グランジと同様にオーストラリア全土から厳選されたブドウを使用したシャルドネ「ヤッターナ」(Yattarna) も非常に高い評価を受けています。
テイスティングでは、南オーストラリアを中心にさまざまな地域のワインを楽しむことができます。以下、ツアーで体験できるワインと私のテイスティングノートをご紹介します。
2024 Bin 51 Riesling Eden Valley (RRP: $45)
エデンバレーのテロワールが反映されたリースリング。シャープな酸味とシトラス、レモン青リンゴのフレッシュさが際立ちます。白い花の香りも感じられ、非常にクリーンで爽やかな味わい。今飲んでも十分に楽しめますが、熟成させることでさらに複雑 な風味に仕上がりそうです。
2023 Bin 311 Chardonnay Multi-Regional (RRP: $55)
ナッツやハチミツの風味が広がり、まろやかな酸味が心地よいシャルドネ。クリーミーなテクスチャーに、レモンゼストの爽やかさが調和しています。タスマニアの酸味とアデレードヒルズのボディが絶妙に調和し、樽香がしっかり感じられるものの、上品で洗練された仕上がりです。
2022 Bin 21 Grenache Barossa Valley (RRP: $60)
ザクロやイチゴキャンディのような果実味が鮮やかなグルナッシュ。やや若い渋みと酸味が心地よく、トーストのようなニュアンスも感じられます。すでに飲み頃に近いですが、少し熟成させることでさらに滑らかさが増すでしょう。
2022 Bin 28 Shiraz Multi-Regional (RRP: $50)
ダークチェリーやプラムの濃厚な果実味に、ブラックリコリスのスパイスが加わったシラーズ。酸味は控えめでまろやか、しっかりとしたボディがあり、力強いフレーバーが楽しめます。
2019 Bin 150 Shiraz Marananga (RRP: $100)
滑らかな口当たりと強い粘性 (レッグス) が印象的なシラーズ。果実味と酸味のバランスが絶妙で、力強いフレーバーが長く続きます。同じシラーズでもBin 28とは異なり、より濃厚で深みのある煮詰めたジャムのような果実味が強調されており、いかにもバロッサバレーのスタイル、といった仕上がりです。
2019 St Henri Shiraz Multi-Regional (RRP: $135)
ブラックチェリーやプラムに加え、スターアニスやグラファイトの香りが広がるシラーズ。新樽を使用せず、古い樽で熟成されているため、タル由来のタンニンはほとんどありません。それでもブドウ由来のタンニンがしっかりと存在し、果実味とのバランスが取れた仕上がりです。
2018 Magill Estate Shiraz (RRP: $165)
セラードアのあるマギル・エステートで栽培されたブドウを使ったシラーズ。クランベリーやダークチェリーの果実味に、スモーキーな樽の香りが調和し、細やかなタンニンと酸味がバランスよく仕上がっています。今飲んでも美味しいですが、熟成させるとさらに魅力が引き出される一本です。
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